中学生のころから小説家・桐野夏生さんのファンだった私は、桐野さんが女性誌『VERY』で連載を開始すると知ったとき、とても驚きました。桐野さんと言えば、女性の心のドロドロした部分を正視できないほどエグく描くことに定評がある作家さんです。
実際に連載小説『ハピネス』を読む前は、上品然とした『VERY』に桐野さんの作品は毒が強すぎるのでは……と考えていたのですが、蓋を開けてみれば、『VERY』妻が皮肉たっぷりに(けれど一定の愛情を持って)描かれており、これぞ『VERY』に連載されるべき小説だ!と驚かされました。
『ハピネス』で描かれているタワマン妻の憂鬱
ハピネスの主人公・有紗は、ベイエリアのタワーマンション(言明はされていませんが、明らかに豊洲が舞台)に住み、ひとり娘を育てている専業主婦。
エリートの夫と結婚し、かつて憧れていたタワマンに住むことができて幸せいっぱい……のはずが、有紗の毎日は、憂鬱なことの連続です。タワマン内では、賃貸か否か、どのエリアの何階に住んでいるか、などではっきりとした序列があり、有紗はバカにされないようにと小さな嘘を積み重ねていきます。
実家が田舎だと言うことを隠し、夫の実家を自分の実家だと言ったり、夫との不仲をひた隠しにしたりしながら、「満ち足りた幸せな専業主婦」を演じる有紗の日常は、海外赴任中の夫から離婚を切り出されたことをきっかけに、「穏やかで幸せな日常」から、どんどん遠ざかっていきます。
「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」?
『VERY』のキャッチコピーは「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」です。この基盤とは、家族(夫と子供)のことでしょう。
有紗は、基盤(夫・子供・憧れのタワマン)を手に入れたことで、きっと自分も「強く、優しく、美しく」なれると考えていたのでしょう。ですが、現実には、「高収入の他人に自慢できる夫と結婚したから」「子供ができたから」「憧れの家に住めたから」といっても、その後ずっと幸せを感じられるわけではありません。何かを手に入れて感じられる喜びや興奮は、手に入れた瞬間がピークで、その後ゆるやかに下降線をたどっていきます。
それに何より、なくなるはずがないと感じていた「基盤」は、絶対的なものではなかったのです。本作では、有紗は離婚を切り出され不本意なパートをしなくてはならない可能性に怯えます。また、有紗が憧れていたセレブ妻は、夫の浮気が原因でタワマンを追われてしまいます。
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つまり、『ハピネス』は、「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」をキャッチコピーにしている『VERY』で、その「基盤」の脆さ、危うさを描ききった作品なのです。
有紗が幸せになりきれないのは、タワマンに住むママ友という狭いコミュニティーの中で見栄をはってしまう、という理由に加えて、夫という「基盤」によりかかりすぎてしまっていたことが原因でしょう。
『ハピネス』は、「基盤」を持つことは、安心・安定につながるけれど、「基盤」を失ったときに自分自身に何も残っていなかったり、「基盤」がない人は不幸という価値観を内面化してしまったりしたとき、一気に弱者になってしまう可能性もある、と教えてくれる刺激的な作品でした。
【PROFILE 今来今/Imakita Kon】
映画・舞台・漫画が好きなフリーライター。映画評・書評・恋愛コラムを執筆中。